日本機械学会 機素潤滑設計部門ニュースレターNo.21(2000年11月)
MDTフロンティア


「生物・ロボットとスティック&スリップ」



慶應義塾大学理工学部 前野 隆司

 私の研究室では,生物やロボットのスティック・スリップに関わる研究を行っている。スティック・スリップというと一般には時間の経過とともに接触面がスティック(固着)とスリップ(滑り)を繰り返す非線形振動現象を指すが,私が興味を持っているのは,以下のような空間的なスティックとスリップの分布である。
 ミミズが蠕動運動によって生じた後退波を伝播し移動する際には,地面との間の固着・滑り状態の時空間分布を効率的に利用している。進行波型超音波モータもミミズとよく似た駆動原理である。振動子に生じた超音波振動によって回転子を摩擦駆動する際には,接触面の中央は固着しているが,端部は滑っている。滑っている部分の動摩擦力は摺動損失の原因ともなるが,回転子を駆動するために重要な原動力でもある。
 人は手指で,重さや摩擦係数が未知の物体を,滑らせることなく過度な力を加えることもなく把持し持ち上げることができる。このとき,接触面端部に生じた初期局所滑り領域の空間分布パターンを触覚受容器で検出して把持力を制御している。この原理を利用すれば,触覚センサを内蔵した弾性フィンガを用いて,ロボットに未知物体の把持を行わせることができる。



 人が物体を操る動作を行う際にも,ある指は物体に固着しながら運動して物体を送り,ある指は滑りながら物体を支えるというように役割を分担している。この原理を応用すればロボットハンドに複雑な物体操り動作を行わせることができる。
 以上のように,生物やロボット・アクチュエータでは,接触領域内の固着・滑り分布を巧みに利用することによって,移動やセンシング,操りなどを行えるのである。