トライボロジスト383 (1993) pp. 207-212
超音波モータのトライボロジー
金沢元,月本貴之,前野隆司,三宅明

概要
 摩擦で駆動する超音波モ−タは、低速高トルク・ハイレスポンスな特性を有した圧電アクチュエータであり、この特徴を生かした製品の実用化が近年になって進められている。本稿では、一眼レフカメラのオートフォーカス駆動に用いられた2種の超音波モータを紹介し、摩擦駆動面の挙動・接触メカニズム、トライボロジー上の課題等を解説する。

1.はじめに
 超音波モータは、振動子の一部を構成する圧電素子により振動子の固有振動モードを励振させ、楕円振動を生じた振動子表面に摩擦接触したロータを回転させるモ−タである。用いる固有振動モ-ドおよび楕円振動の生成方法については、各種提案されている1-4) 。
 超音波モータは、(1)低速高トルクであり、電磁モータのような高い減速比ギアが不要 (2)応答性が良い(3)磁界を発生しない、といった特徴を有し、この特徴を生かした製品の実用化が近年になって進められている5-7). しかしながら、摩擦駆動ゆえの摩耗によって寿命が決まり、そのため耐久性の厳しくない用途への実用化が主となっているのが現状である。
 本稿では、一眼レフカメラのオートフォーカス駆動に用いられた2種の超音波モータを紹介し、摩擦駆動面の挙動・接触メカニズム等、トライボロジーに関する筆者らの研究を解説する。

2.駆動原理
2.1 円環型超音波モ−タ
 図1に、主要部の構成を示す。cは圧電性セラミックスのPZT(チタン酸ジルコン酸鉛)で、bのSUS420J2からなる金属リング(外径62mm・内径54mm)と接着され、合わせて振動子(ステータ)を形成している。そしてステータのロ-タと接する側には、多数のくし歯が形成されている。aのロータは、Al(アルミニウム)製のリングで、ステータに接する部分はフランジ状ばねとなっている。ロータはステータに9.8Nで加圧され、接触面の面圧は約3.6×10-1N/mm2 である。
 摩擦材として、ステータには粒径約1μmのSiC(炭素けい素)粒を含有する無電解Ni−P(ニッケルーりん)(約HV560)、ロータには硬質アルマイト(硫酸皮膜 Hv=350〜400)が、それぞれ約30μmの厚さで施されている。一眼レフカメラのオートフォーカス駆動としての耐久性に関する要求は、1回の動作が長くても0.2〜0.3秒であることから比較的緩く、連続回転5〜6時間で性能の低下が無ければ良い。以上の摩擦材は、このような耐久要件を満たし、かつ(1)摩擦係数がある程度大きいこと(限られた電力で最大トルクを大きくできる) (2)生産性が高いこと、などを考慮し選定されたものである。
 cのPZT(チタン酸ジルコン酸鉛)は、図2の+ーで示すように隣りどうし逆極性に、厚さ方向に分極された二つの電極群(A群・B群)からなり、それぞれの電極の長さは用いる固有振動(7次たわみモ−ド 32KHz)の1/2波長となっている。また、A群とB群には、1/4波長の間隔があいている。このA群・B群に、7次たわみモードの固有振動数に近い振動数の交流電圧を、位相を1/2πずらせてそれぞれに印加することにより、時間的・空間的位相差が1/2πの定在波が合成されて、七つの波頭をもつたわみ進行波が振動子に生ずる。図3に示すように、ステータのくし歯先端は楕円運動をし、これに加圧されたロータは進行波と逆方向に送られる。
 ステータのくし歯は、振幅を拡大する機能を有するが、通常振幅は1〜3μmp-pであり、ロータが七つの波頭に均一に接触し、良好に回転するためには、ロータ・ステータの接触面の平面度はμmオーダの精度が要求される。
 ロータのフランジ状ばねは、駆動方向(周方向)には剛性が高く駆動力をむだなく伝達する一方、軸方向・径方向には適度な柔軟性を有し、(1)振動をロータに伝えない (2)接触面の平面度に対する要求の緩和(3)ステータの振動に追従することによって、径方向のスリップを防ぎロスを小さくする、といった機能をもつ。
 消費電力1Wで無負荷回転数8.4rad/s最大トルク0.088N・mである。
2.2 棒状超音波モータ
 振動子は図4に示すように、5枚のセラミックスをBs(黄銅)ではさみこんでボルトで締め付けた構成である。圧電性セラミックスはそれぞれ、電圧を印加すると半分の領域は膨張し、他方は縮小するよう分極が逆になっていて、A群は左右方向、B群は前後方向のたわみ振動を与える。A群・B群にたわみ振動の固有振動数に近い周波数(37kHz)の交流電圧を、位相を1/2πずらせてそれぞれに印加すると、たわみ振動が軸を中心に回転する。その結果、ステータ上部は首振り運動をし、各点は楕円運動をする。これに約3.9Nで加圧接触されたロータが、図5に示すように回転する。なお、5枚の圧電セラミックスのうち、1枚は振動検出用であり、共振追従制御に用いる。
 ロータは円環型超音波モータと同様のフランジ状ばねを有し、ステータとの接触面面圧は、約2.9N/mm2 である。摩擦材も円環型超音波モータと同様である(ただしアルマイトの硬度を約HV450としている)。1W入力で無負荷回転数100rad/s 最大トルク0.0069N・m、寸法は、Φ11×25mmであり、小型化および加工・組立ての簡略化をねらって開発されたものである。

3.ロータとステータの接触の挙動およびトルクー回転数特性の計算8)
 まず、ロータとステータの接触の挙動を把握するため、円環型超音波モータで測定および計算を行ない、両結果の比較・検証を行った。測定は、光学的な変位測定器により非接触にて行ない、計算は動・静摩擦の扱えるFEMソルバーを用い、ロータおよびステータのせん断変形を考慮して行なった。
 図6及び図7に、測定および計算によって求めたロータ・ステータの変位分布を示す。この結果、ステータ振動に対するロータフランジ状ばねの沈み込み量は、測定値と計算がほぼ一致した。なお、図6において横軸は時間であるが、進行波なので周方向座標に交換可能である。また、負荷トルクが作用しても、ロータの変形はほとんど変化しないことがわかった。
 次に、ロータに接するステータの1点の摩擦力が、振動1周期において、どのように変化するのか計算した。これを図8に示す。縦軸は、周方向摩擦力であるが、+はロータの進む方向の摩擦力、ーは逆方向の摩擦力を示している。また、横軸は時間であるが、図6と同様、周方向座標に交換可能であり、したがって図8はステータ振動進行波の方向が左方、ロータ進行方向が右方の場合の摩擦力分布も表すことになる。なお、点線で示した最大静止摩擦力および動摩擦力は、ロータとの接触圧に、それぞれ静摩擦係数および動摩擦係数を乗じたものである。まず、ロータに接しない間は摩擦力は0であるが、接触のし始めでは、周方向速度がロータの移動速度(これは一定)より小さいため、負の動摩擦力が働く(ASlip)。その後、周方向速度が大きくなりロータの移動速度と一致した時固着する。(BStick)。この間、ステータのくし歯は弾性変形し、その弾性力が周方向摩擦力となる。そして、弾性力が最大静止摩擦力を越えると、周方向速度はロータの移動速度より大きくなるので、正の動摩擦力が働く(CSlip)。楕円運動の頂上、つまり波頭において周方向速度が最大になるが、これを過ぎると周方向速度はは減少に転ずる。そして再び固着してステータのくし歯の弾性力が周方向摩擦力となる(DStick)そして、弾性力が負の最大静止摩擦力より小さくなると、負の動摩擦力が働く(ESlip)。さらに、ロータから離れ、周方向摩擦力は再び0になる。
 負荷トルクと接触部各点の摩擦力によるトルクの総和は、必ず釣り合っている。したがって、図8に示す部分の面積S1〜S3と負荷トルクの間には、(負荷トルク)∝(-S1+S2-S3)なる関係が成り立つ。この結果、負荷トルクがかかった場合には、S2が大きく、S1・S3が小さくなるよう、固着域Bは図8の左方側に、固着域Dは右方側にシフトする。これは、波頭から離れた、周方向速度の小さい部分へシフトしたことになるので、ロータの移動速度は小さくなる。このように、負荷トルクと摩擦力の釣り合いによって決まる固着域での周方向速度が、ロータの移動速度になる。
 以上より、負荷トルクから回転数が決まるメカニズムが明らかになったので、次にトルク_回転数特性の計算を行い、測定と比較した。ステータ軸方向振幅2μmp-p 一定、動摩擦係数0.40静摩擦係数0.48を与え、ステータの平面度8μm(二つ折れ変形による摩擦面のうねり)を考慮したときの計算結果を、測定値と併せ図9に示す。 計算と実測は良く一致しているが、ロータ・ステータを用いたリングオンリングのすべり摩擦試験機では、動摩擦係数0.6_0.7静摩擦係数0.8が得られており、実験値よりも小さい値の摩擦係数を計算に用いないと、トルク-回転数特性は一致しなかった。これは、超音波モータにおける摩擦・摩耗が、すべり摩擦試験によるものと異なっていることを示唆している。

4.摩擦面の観察
 超音波モ−タとすべり摩擦試験での摩擦・摩耗の相違点を知る足がかりとして、干渉顕微鏡(干渉縞は0.27μmピッチの等高線を示す)やSEMで円環型超音波モータの摩擦面を観察した。
 すべり摩擦試験機による摩擦面の特徴として、
(1)摩擦方向の大小さまざまなスクラッチ傷(図10ステータの干渉顕微鏡写真)
(2)相手材の移着(図11 ステータに移着したアルマイトのSEM像 ロータにも相手材であるNi-P(ニッケル_りん)めっきが移着した)
 それに対して、超音波モ−タでの摩擦面は、次のような特徴があった。
(1)平滑化
 ロータ・ステータとも摩擦方向のスクラッチ傷がなく、平滑化される。特に初期において顕著である。(図12 ステータの干渉顕微鏡写真)
(2)摩耗粉の排出
 ほとんどの摩耗粉が摩擦面外に排出されるため、若干の移着がみられるだけで ある。摩耗粉の大きさは、きわめて小さくサブμmオーダである。
(3)押し込みマ-クの発生
 図13のステ-タくし歯エッジ付近のSEM像に示すように、凹部が等間隔に発生することがある(矢印で示す点線のような部分)。ステ-タ振動1サイクルで凹部が1個形成されるものであり、周囲に摩耗粉が多い場所にみられるので、ロ-タ側に付着した比較的大きいアルマイトの摩耗 粉が原因と思われる。
 以上のように超音波モ-タの摩擦・摩耗は、すべり摩擦試験の場合と大変異なり、概してマイルドな摩擦・摩耗のようである。このような差異が生じる原因や、トルク-回転数特性計算ですべり摩擦試験による値よりも小さい摩擦係数を用いないと測定と一致しない原因については、現在検討中であるが、本稿のトルク-回転数特性計算では考慮しなかった空気の流体力学的な効果が、少なからず影響を与えているようである9)。
 なお、以上観察した超音波モ-タでの摩擦面は、性能低下のみられない定常的な摩耗時のもので、接触面状態が変化せず、性能も安定している。しかし、アルマイトの摩耗深さが数μmに達すると(約10万回転=約20時間 このときNi−P(ニッケル-りん)めっきの摩耗は、これより1桁小さい)、アルマイトにカタストロフィックな欠けが生じ、著しく性能が低下し寿命となる。

5.棒状超音波モ−タの摩擦接触部
 円環型超音波モータと同等の出力を得るには、接触径が約1/5と小さくトルクが出にくいため、回転数で出力をかせぐことになる。したがって、単位時間あたりの摩耗深さは、接触径の小さい分不利になる。そこで、棒状超音波モータでは、以下の工夫をしている。
(1)図14に示すように、アルマイトエッジが接触しない形状とした。これは、前章で述べたカタストロフィックな欠けが、応力の集中しやすいエッジ部から発生するためである。また、円環型超音波モータでは接触部幅が0.3mmなのに対して、0.05mmとしたのは、摩耗粉の排出にも寄与するくし歯によるスリットがないためで、接触幅を小さくすることで、排出しやすくした。排出されにくい場合には、移着が生じたり、摩耗粉自体が砥粒の働きをして異常摩耗する。そして、接触面の状態が変化するため、モータ性能が安定しない。
(2)アルマイトの硬度を、円環型のHv350〜400に対し、電解温度を下げ、約HV450とした。以上の結果、接触面面圧が大きくなったものの、耐久時間は10時間以上確保できた。

6.おわりに
 以上のように、超音波モータにおけるロータ・ステータの接触の挙動が把握でき、その結果、摩擦係数がわかればモータ特性も計算によって予測できるようになった。このように、超音波モータの設計技術は確立しつつあるが、超音波モータのより一層の普及のための最大のキーポイントは、耐久性に関するブレークスルーである。具体的には、摩擦係数が大きくかつ摩耗しにくいという、背反する性質を有する摩擦材、または4・5章で述べたような定常的な摩耗が長時間続く摩擦材が望まれるのである。

文献
1) 指田年生:応用物理、54、6、(1985)117.
2) 伊勢悠紀彦:日本音響学会誌、43、3(1987)184.
3) A.kumada:J.J.A.P、24、2、(1985)739.
4) 富川義朗・高野剛浩:超音波TECHNO、1、2、(1989)23.
5) 徳田隆二・奥村一郎・河合徹:日経メカニカル別冊 モータ全活用術、日経BP社、(1990)204.
6) 月本貴之:エレクトロニクスライフ、10、(1991)51.
7) 日経メカニカル、377、(1992)66.
8) 月本貴之・奥村一郎・前野隆司・三宅明・藤本一城・桐谷忍:日本音響学会平成2年度秋季研究発表会講演論文集、(1990)807.
9) T.maeno・D.B.BogyIEEE Trans. Ultrason. Ferroelec. and Freq. Contl. 39,6 (1992)

図のタイトル
図1 円環型超音波モ−タ主要部
図2 PZTの電極パタ−ン
図3 円環型超音波モ−タの動作原理
図4 棒状超音波モ−タ
図5 棒状超音波モ−タの動作原理
図6 変位分布(測定)
図7 変位分布(計算)
図8 摩擦力分布
図9 トルク−回転数特性
図10 すべり摩擦試験によるステ−タ表面
図11 すべり摩擦試験による移着
図12 平滑化
図13 押し込みマ−ク
図14 棒状超音波モ−タの接触部模式図