あるエンジニアの
バークレー
(アメリカ・カリフォルニア州)
留学体験記

オルガンパイプカクサグアロ


Organ Pipe Cactus National Monument


Saguaro National Park

  1年目の旅行があまりに感動的だったのに味をしめて、僕は2年目の春、帰国直前にも同様な旅行を計画した。今度は延べ19日間。テキサス州まで足を伸ばすアメリカ西南部1周旅行だ。全部で14か所に泊まり、20か所のナショナルパーク(国立公園)、ナショナルモニュメント(国定記念物)を訪れるというハードスケジュールだった。前回有名な国立公園をまわりつくしたため、今度はマイナーな場所が多かった。

  旅のパートナーは某電気メーカーからUCバークレーの電気工学科に留学していた石原さん。僕より1つ年下の、温厚な青年だった。車は石原さんの赤いスポーツカーだ。

  バークレーからまっすぐ南下してロサンジェルスに一泊、西へ向かいユマに1泊した後に訪れたのが、アリゾナ州の南端にあるオルガンパイプカクタスナショナルモニュメントだった。

  余談だが、オルガンパイプカクタスに向かってまっすぐに南下する道の途中、20キロ手前にアホ(Ajo) という町がある。中学生のころ、僕は友達と一緒に地図帳の上にこの地名を発見し、いつか行ってみようとおもしろがったものだった。念願かなって行ってみると、かつては銅が取れたというその町は、砂漠の中の小さな保養地だった。ちなみにサンタフェにはバカ(Baca)という通りがあった。

  さて、オルガンパイプカクタスはメキシコとの国境に面したナショナルモニュメントであり、オルガンパイプカクタスという名のサボテンが群生している地域である。

  この旅行で楽しみにしていた事のひとつは、自生しているサボテンを見ることだった。前回の旅行で生まれて初めて砂漠を見る事はできたが、残念ながらサボテンは見なかった。そこで今回はぜひとも見てみたいと思っていたのだ。心配は無用、アメリカ南西部の旅なので、この後いやというほど様々なサボテンを見ることができたのだった。

  雲ひとつない晴れた日の午後だった。ナショナルパークの入口が近づくと、背の高いサボテンがぽつりぽつりと見えてきた。手のように横に伸びることなく、バットのような形の棒をただ立てたようなサボテンだ。これがオルガンパイプカクタスだった。背丈の高いものは5メートルほどもあり、旅行中に見た中でも最も大きいサボテンだった。

  ナショナルモニュメント入口に小さなビジターセンターがあった。人影はまばらでひっそりとしている。有名なナショナルパークやナショナルモニュメントの場合のにぎわいとは大きな違いだ。さて、ビジターセンターには、パーク内に33キロほどの未舗装の環状道路があると説明されていた。石原さんと僕は、せっかくここまで来たのだから走ってみることに決めた。

  緩やかに起伏した平原に、オルガンパイプカクタスやサグアロといった種々のサボテンが林立する様は壮観だった。道を進むにつれ、サボテンの密度は増大してゆく。これはすごい。僕たちは引き込まれるように走り続けた。

  最初の10数分は舗装道路だった。ところがしばらくすると、案内にあったようにダート道に変わった。起伏があり、かなり荒れた道だ。車高の低い僕らの車は、底に地面や砂利をぶつけ、土砂をもうもうとまき上ながら走った。あまりの振動にスピードは時速10数キロしか出せない。あたりは延々と続くサボテンの原。このスピードだと一周して戻って来るのに何時間もかかってしまう。しかしこの 道は一方通行だ。引き返す事もできない。

  石原さんの車には温度計がついていた。走り始めたころは摂氏35度だった。それがだんだんと上がって行く。あたりにほかの車はない。砂漠の中に僕らだけだ。しだいに不安になってきた。もしも車がオーバーヒートしたり、どこか壊れて、この人気のない道で動けなくなったら、僕らは生きて帰れるのだろうか。楽しみにしていたサボテンも、もはやいまいましい植物にしか見えない。僕らを見下ろしてあざ笑っているかのようだ。僕らは、時々現れる、起点まであと何マイル、という標識だけを頼りに、ただただ舗装路に戻る事を願っていた。温度計の数字は上がり続け、ちょうど道のりの半分が過ぎたところで50度を示した。50度なんて、僕の辞書にはない気温だった。

  試しに車の窓を開けてみた。手にはドライヤーのような熱風が当たった。

  ルートの残り3分の1、10キロほどの所で、メキシコとの国境に添ったまっすぐな道に出た。舗装はされていないが走りやすい道だ。かなりスピードも出せる。車の底に砂利も当たらない。天は僕らを見放さなかった。もう大丈夫だ。

  国境は、ちゃちな鉄条網だった。メキシコ側には舗装された国道がナショナルモニュメント内の道と平行して走っている。こちらとの間隔は近い所ではわずか50メートル。意外に交通量は多い。ポンコツ車が猛スピードで駆け抜けてゆく。それにしても、さっきまでまわりに誰もいない未開の地にいるような気がしていたのに、実はすぐ近くをたくさんの車が走っていたとは。何はともあれ無事で、良かった。

  アメリカの自然を旅していると、ほぼ1日に1回くらい未舗装路を走る機会がある。できれば四輪駆動車で安全に旅行したいものだ、というのがこの日の教訓だった。

  サボテンは強い。自生した彼らをなかなか見る機会がないだけの事はある。人間には耐えられないような熱く乾燥した大地に力強く生きているのだ。更に過酷な環境にもさまざまな生物たちが生きている事だろう。

  それにひきかえ、人間は思いのほか限られた環境にしか生きられず、か弱い。

  自然の過酷さと生命の多様さを思い知らされた1日だった。



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