あるエンジニアの
バークレー
(アメリカ・カリフォルニア州)
留学体験記

イエローストーン




  一年目の旅行の最大の目玉は、隣接した2つの国立公園、グランドティトンとイエローストーンだった。僕たちは、グランドティトンのすぐ南にあるジャクソンと、イエローストーンの北のガーディナーに、それぞれ二晩ずつ泊った。ジャクソンは、映画「シェーン」の舞台にもなった町である。今もカウボーイハットの男たちが町を行きかい西部劇さながらの様相を見せてくれる。映画の最後のシーンで馬に乗り去って行くシェーンの向こう側に写っているのが、グランドティトンの連峰だ。

  隣接しているとはいえ、2つの国立公園は全く異なる顔を持つ。

  グランドティトンには、多くの湖がある。僕たちが訪れた5月中旬にはまだ表面が凍った湖もあった。そして、湖のむこうにはロッキーの山々が連なっている。澄んだ冷たい空気の中、静かな湖面に山が鮮やかに映った様は、絵にもかけない美しさといったところだ。

  グランドティトンの北に位置するのが、アメリカ最大かつ最初の国立公園、イエローストーンである。総面積9000平方キロ。四国の半分もの広さである。イエローストーンは、様々な金属を含みいろいろな色をした温泉や、一定間隔で噴水を吹き上げる間欠泉で有名だ。そのほかにも、名前の由来となった黄土色の岩間を流れる川や滝、湖やロッキーの山並みなど様々な顔を持っている。

  僕にとって印象に残っているのは、動物たちとの出会いだった。公園内を8の字に走っている長い道を車で走ると、景色は目まぐるしく映り変わる。山や、谷や、大平原。

  湖や沼が見えてくると、そこにはバッファローの群れがいる。数頭または数10頭の集団だ。

  体長は2メートルもあろうか。アンバランスと思えるほど肩幅が広くたくましい。そんないかつい体でありながら、みな、おとなしく静かに草を食べている。あるいは、ごろりと横になっている。思いの他ずんぐりした鈍そうな動物だ。僕たちは彼らを、ある時は遠めに、ある時は車から数メートルという距離で見ることができた。公園のパンフレットには、車を降りて近付かないようにと書かれている。彼らを怒らすと凶暴らしい。

  体重が900キロもあるのに、時速60キロで走ることもできるという。彼らは僕がこれまでに見たことのある野生動物のなかで最も大きな種だった。僕は、その存在感に圧倒された。

  毎年のように海外旅行へ行く友人が、これまで最も感動した国はケニアだと言っていた。種々の野生動物や鳥たちが生きる姿がすばらしいという。ケニアほどではないのかも知れないが、僕も、そんな感覚が分かる気がした。

  イエローストーンでは、その他にも何種類もの動物に会うことができた。

  例えば、いろいろな種類の鹿たち。日没後に車で走っているとき、一頭の鹿が道に飛び出してきた。視界の悪い山道のカーブを曲がった所で、突然ぼくらの前に走ってきて立ち止まったのだった。目だけが光っていた。丸い眼球に車のヘッドライトが反射していたのだ。僕は急ブレーキを踏み、すんでのところで衝突しないですんだ。

  マーモットはそこかしこで見かけた。山道を歩いていると、地面に小さなふくらみがあり、穴が開いている。そこで立ち上がってあたりを見渡したり、えさをついばんでいるマーモットの姿は愛敬があってかわいかった。近付くと穴に引っ込んでしまう。ただし、人気の多い場所にいるマーモットは人になついていた。えさをやる振りをすると寄ってくる。国立公園内では動物に餌をやってはいけないことになっているのだが、与える人がいるのだろう。

  くまも見られるという話だったが、残念ながら僕らは遭遇することができなかった。

  それから、鳥たち。キツツキやフクロウ、青い鳥、首がオレンジ色のカラス。数え切れないほどの鳥を、そこかしこで見ることができた。

  地球上のあらゆる環境に適応し、自らの力で生きる様々な動物たち。動物たちと共にいると、自分も自然のゆりかごの中の一員になったようなここちよい気持ちに浸れる。人は限りない種類の動物たちの中の、ほんの一つの種に過ぎないことを実感できる。

  動物たちと接してこんなことに思いをめぐらすことのできたイエローストーンとグランドティトンは、この旅行で最も満ちたりた時を過ごせた場所だった。



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