あるエンジニアの
バークレー
(アメリカ・カリフォルニア州)
留学体験記



10 バイオスフィア

  砂漠の州アリゾナのオラクルという町のはずれに、バイオスフィア2(Biosphere two) という施設があった。8人の科学者が外部と完全に隔離された環境に植物や家畜と共に二年間暮らし、閉じた系で人が生きるための問題点を探る実験を行う施設だ。当時、アメリカのマスコミではかなり話題になっていた。将来人工衛星や地球外の星で人が暮らす時のための基礎実験というふれこみだったが、出資者は地元の資産家であり、金儲けのための単なるショーではないかとの批判も根強かった。

  僕たちが訪れたのは、ショー(?)が始まった91年9月から半年くらい経ったころだった。

  はげ山や砂漠に囲まれて、巨大なピラミッド型の透明な建物が建っていた。体育館位の大きさだ。ここが、8人の科学者が閉じ込められている施設だった。その隣の建物では、内部で行われていることを説明する展示が行われていた。広々とした敷地を訪れている観光客の数はわずか数10人ほどだった。

  バイオスフィア2、の2は、生命のための2つ目の環境という意味だ。バイオスフィア1は地球ということらしい。

  ピラミッドの内部には海や森林、砂漠に似せた様々な地形が作られていた。そして、2年の間、空気や水、食料が自給され、リサイクルされるという。畑では野菜や果物が栽培され、家畜舎では山羊などの家畜が飼われていた。人や家畜の排泄物は植物の肥料としてリサイクルされ、植物の光合成によって動物のための酸素を得ていた。

  本当は、エネルギーも内部で完全に自給できれば本当に閉じた系と言えるだろう。しかし、残念ながら現在の技術でそれは無理だ。従って、空気の出入りは遮断されていたものの、室温のコントロールは外部から供給される電力によって行われていた。暑い地域である。空調がなければすぐに蒸し風呂になったことだろう。灯りも、外部からの電力に頼っていた。

  確かに、中途半端ではある。マスコミの批判もわからぬではない。単なるショーに過ぎず、何ら新しいことは見つからないかも知れない。科学的に分析すれば、惑星や人工衛星の環境にはほど遠いかも知れない。

  しかし、だからといって、この試みを全面的に否定すべきではなかろう。このような、奇抜とも思える思い思いの基礎研究を人々が自由に行えるところが、アメリカの懐の深さなのだから。ここで何らかの貴重な成果が得られることを僕は心から願っている。

  むしろ僕は、バイオスフィア1の実験が心配である。つまり、人間の活動による地球環境の変化。例えば、二酸化炭素料の増大により地球が温暖化しつつあるという危惧は良く知られている。大気中の二酸化炭素量は間氷期から氷河期まで10万年かけて、190ppmから280ppmへと増大した。一方、現在は何と360ppmである。自然それ自身が10万年かけて行ってきた自身の変化を、人類はわずか数百年で行ってしまった。明らかに異常である。非常事態である。

  また、人は、肥沃な土地を農地に変え、平らな土地を都市に変え、木を伐採して森林を砂漠化してしまった。多くの種を滅亡に追いやり、残された種を辺境の地に追いやって、ただ一つの種が地表の多くを占有している。人と共存できるのは、限られた一部の種だけだ。犬、猫、カラス、スズメ、ゴキブリ、ノミ、ダニなどの動物と、雑草やカビ、コケなどの植物と、菌類。

  人は、自分たちを作り出してくれたこの星を、こんなにも破壊してしまっていいのだろうか。

  バイオスフィア2は、こんな疑問に対するアメリカのメッセージの一つだと思う。どうすればこの地球環境を守れるのか、考え始めようではないかというメッセージなのだと思う。

  アメリカでは環境保護運動が盛んになっている。危機感に基づいた動機付けがなされている。これに対し日本の対応はまだ受け身であることが多い。外圧によってフロンを撤廃し、二酸化炭素排出量を規制する、というように。

  しかし、時間はない。僕たちは、この地球環境をどうやって守っていくのか、真剣に考え、早急にビジョンを打ち出してゆく必要があろう。



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