株式持ち合いは
コーポレートガバナンスの
旧弊なのか
株式持ち合いは
コーポレート
ガバナンスの
旧弊なのか
― 金融経済優先の仕組みの是正に着目して ―
株式持ち合いは、本当に一律に解消すべき「旧弊」なのか。1950年代以降の機能と変遷をたどり、安定株主、長期的な事業関係、リスク・シェアリング、経営者の規律形成という価値を再検討します。さらに、解消後の株式の「受け皿」まで視野に入れ、選別的で説明責任ある持ち合いの現代的意義を問い直します。
「持ち合い縮減=ガバナンス改善」という単線的な見方を問い直す。
本稿は株式持ち合いを全面的に肯定するものではありません。功罪が併存することを前提に、その機能、解消後の所有構造、議決権行使、産業の公益性までを一つのシステムとして評価します。
2022年の持ち合い比率
論文図1では、上場会社による持ち合い比率が2016年の10.1%から2022年の7.7%へ低下した推移を示します。
再確認される中心的な長所
中長期経営、リスク・シェアリング、継続的な事業提携、経営者の規律形成という四つの価値を整理します。
解消後の「受け皿」の論点
巨大資産運用機関への集中・共通株主化と、信託口を通じた実質株主・議決権行使の不透明性を検討します。
論文が投げかける二つの問い。
保有株式の比率だけで良し悪しを判断するのではなく、企業を支える関係性と、所有主体が交代した後に生じるガバナンスの質を問い直します。
株式持ち合いは、今日でも一律に否定すべき旧弊なのか。
安定株主が支えてきた長期取引、情報交換、雇用、研究開発、企業間の信頼は、単なる資本効率では測れません。制度が担ってきた機能を分解し、現代にも残る価値を検討します。
持ち合いを解消した後、誰が企業を所有し、統治するのか。
株式が大口ファンド、海外投資家、アクティビスト、信託口へ移るならば、議決権行使の透明性、時間軸、利益相反、共通株主による集中まで評価しなければ、改革の効果は判断できません。
縮減の数字だけでは、制度が担ってきた機能は見えない。
株式持ち合いの意味は、各時代の制度・経済環境とともに変化してきました。本稿は1950年代から現在までをたどり、形成、拡大、解消、再評価という流れを示します。
戦後再編と安定株主の形成
財閥解体後に分散した株式を銀行中心に再集約し、企業の系列化・集団化を支える仕組みとして進展しました。
資本自由化と買収防衛
外資による企業買収への備えとして、安定株主を確保する持ち合いが強化されました。
企業集団の安定と国際的批判
企業グループの長期関係を支える一方、自由競争やM&Aを妨げる「投資障壁」として批判されるようになります。
バブル崩壊・時価会計と解消
銀行の株式保有リスク、金融危機、会計ビッグバンによる有価証券の時価評価を背景に、持ち合い解消が進みました。
CGコードと縮減要請の制度化
政策保有株式の精査・開示、流通株式の定義見直し、PBR対応要請などにより、保有縮減が既定路線化します。
論文が再確認する、株式持ち合いの六つの価値。
中長期の企業価値は、株式の売買収益だけでなく、継続的な取引、情報、技術、人材、信頼の蓄積から生まれます。本稿は、既存研究が示してきた肯定的機能を現代の視点から整理します。
安定株主と中長期経営
短期的な株価変動や一時的な圧力を和らげ、企業が中長期の事業方針に基づいて経営する環境を整えます。
継続的な取引関係
長期の協力関係を通じて取引コストを低減し、継続的な事業取引や戦略的提携を進めやすくします。
情報交換と共同学習
資本関係と日常的な事業関係を基盤に、企業間で情報を共有し、共同事業や新規領域への対応を支えます。
リスク・シェアリング
業績の振れを緩和し、事業撤退時の雇用受け入れや、新興産業・衰退産業への共同支援を可能にします。
雇用と長期研究開発
東レの炭素繊維など、成果まで長期間を要する研究開発を、安定株主が忍耐強く支える環境を形成します。
「顔の見える株主」の規律
日常的な業務・金融取引を通じた濃密な相互作用が、経営者の自律的な規律や良心を喚起する触媒になり得ます。
長所の再評価は、問題点を見過ごすことではない。
本稿は、持ち合いに対する標準的な批判にも該当事象があることを認めています。そのうえで、批判の対象を持ち合いだけに限定せず、他の大株主や制度の副作用も同じ基準で検討すべきだと主張します。
経営陣の固定化
安定株主が現経営陣を無条件に支持すれば、外部からの監視や経営規律が弱まるおそれがあります。
議決権行使の形骸化
相互に賛成票を投じる「なれ合い」「もたれ合い」が生じれば、株主総会のチェック機能が低下します。
資本効率・価格変動
保有便益が不明確な株式は資本効率を低下させ、株価下落時には財務リスクとなり得ます。
機会主義と不祥事
監視が機能しなければ、経営者の機会主義的行動や不祥事を抑止できない可能性があります。
持ち合い解消後の「受け皿」を見なければ、改革の効果は評価できない。
持ち合い株式が売却されても、株式そのものが消えるわけではありません。誰が取得し、どのような時間軸と利益構造で議決権を行使するかによって、企業ガバナンスの性質は大きく変わります。
実質株主の透明性
投資決定権者と議決権行使権者を識別し、企業と最終的な株主が実質的に対話できる情報基盤を整えること。
集中と共通株主の検証
巨大資産運用機関が同一業界の複数企業を保有することで、競争、価格、企業意思決定に与える影響を検討すること。
説明責任ある選別
一律縮減ではなく、企業が保有目的、便益、リスク、議決権行使方針を説明し、必要な持ち合いを選別すること。
株式保有主体の交代は、企業との関係性そのものを変える。
図3は、事業法人・金融機関による保有が減少する一方、外国法人等と信託銀行の比率が上昇してきた長期変化を示します。これは保有主体の単なる入れ替えではなく、対話の相手、議決権行使の方法、情報の透明性、経営への時間軸の変化でもあります。
本稿は、持ち合い解消を「安定株主の減少」だけで捉えず、金融資産の集中、共通株主、信託口の実質株主、議決権助言会社の画一的基準まで含めて検討します。
「資本効率」だけでは測れない、鉄道の公共価値。
本稿は鉄道業を例に、株主起点の資本効率だけで事業を評価すると、地域の移動、生活基盤、沿線開発などの公益的価値が見えなくなることを示します。
不採算路線と株主提案
2013年、大手民鉄の不採算路線に対し、外資ファンドから「資本効率」を理由とする廃止要求が示された事例を取り上げます。
地域への波及効果
鉄道は移動手段に加え、駅周辺の土地価値、商業施設、公共設備、地域住民の利便性を高める社会基盤です。
事業継続と長期価値
公益性のために株主を犠牲にするのではなく、ネットワークと事業の継続が中長期的には株主価値にもつながり得ます。
業種別の制度設計
鉄道事業法などの個別制度と企業ガバナンスを接続し、社会の公器性を反映する仕組みが必要になります。
論文は、歴史・評価・所有構造・公益性を六つの段階で接続します。
持ち合いの是非を抽象論で終わらせず、制度史、既存研究、議決権、受け皿、産業事例を積み重ねて、現代的な再設計の方向へ進みます。
問題の所在
CGコードによる政策保有株式の縮減要請と、「持ち合い=旧弊」という前提を問い直します。
機能と変遷
1950年代から現在まで、安定株主、買収防衛、金融危機、時価会計、制度改革の流れを整理します。
長所・問題点・総合評価
既存研究を通じて肯定的機能と構造的問題を確認し、企業ごとのガバナンス設計を論じます。
縮減後の受け皿
機関投資家、海外投資家、共通株主、信託口、議決権助言会社が企業経営へ与える影響を検討します。
資本効率と鉄道業
公共交通の事例から、ROE・PBRだけでは測れない地域経済と社会厚生の価値を示します。
結語
一律縮減ではなく、選別的で説明責任ある持ち合いをComply or explainの原則に沿って運用する方向を示します。
研究成果を、制度・企業・対話・長期資本へ。
本論文は、KGRI-PICセンターが進めるコーポレートガバナンス研究、政策提言、企業ワークショップ、株主アクティビズム研究の基盤となる視点を提供します。
政策・ソフトロー
Comply or explainの実質を回復し、縮減率の一律目標ではなく、保有目的と成果の説明を重視します。
取締役会の判断
保有便益、リスク、資本コスト、事業提携、雇用、研究開発を統合して、個別銘柄の保有適否を検証します。
株主透明性と対話
実質株主、議決権行使者、助言基準、利益相反を可視化し、形式ではなく実質的な対話を設計します。
長期資本と公益性
鉄道など社会基盤を担う業種で、地域便益と事業継続を支える長期資本の仕組みを検討します。
論文情報・著者
全文は東北大学機関リポジトリTOURで公開されています。引用・転載にあたっては、リポジトリおよび原論文に記載された著作権上の条件をご確認ください。
原丈人・猪熊浩子(2026)「株式持ち合いはコーポレートガバナンスの旧弊なのか―金融経済優先の仕組みの是正に着目して―」東北大学『研究年報経済学』第82巻第2号,19–40頁。https://doi.org/10.50974/0002007602
公益資本主義を、研究から実装へ。
センターの研究、政策提言、企業ワークショップ、講演・研究会などの活動をご覧ください。