Research Paper · 2026

株式持ち合いは
コーポレートガバナンスの
旧弊なのか
株式持ち合いは
コーポレート
ガバナンスの
旧弊なのか
― 金融経済優先の仕組みの是正に着目して ―

株式持ち合いは、本当に一律に解消すべき「旧弊」なのか。1950年代以降の機能と変遷をたどり、安定株主、長期的な事業関係、リスク・シェアリング、経営者の規律形成という価値を再検討します。さらに、解消後の株式の「受け皿」まで視野に入れ、選別的で説明責任ある持ち合いの現代的意義を問い直します。

原 丈人・猪熊 浩子 東北大学『研究年報経済学』第82巻第2号 19–40頁(通巻163–184頁) 2026年3月刊行
At a Glance

「持ち合い縮減=ガバナンス改善」という単線的な見方を問い直す。

本稿は株式持ち合いを全面的に肯定するものではありません。功罪が併存することを前提に、その機能、解消後の所有構造、議決権行使、産業の公益性までを一つのシステムとして評価します。

7.7%

2022年の持ち合い比率

論文図1では、上場会社による持ち合い比率が2016年の10.1%から2022年の7.7%へ低下した推移を示します。

4

再確認される中心的な長所

中長期経営、リスク・シェアリング、継続的な事業提携、経営者の規律形成という四つの価値を整理します。

2

解消後の「受け皿」の論点

巨大資産運用機関への集中・共通株主化と、信託口を通じた実質株主・議決権行使の不透明性を検討します。

Research Questions

論文が投げかける二つの問い。

保有株式の比率だけで良し悪しを判断するのではなく、企業を支える関係性と、所有主体が交代した後に生じるガバナンスの質を問い直します。

01

株式持ち合いは、今日でも一律に否定すべき旧弊なのか。

安定株主が支えてきた長期取引、情報交換、雇用、研究開発、企業間の信頼は、単なる資本効率では測れません。制度が担ってきた機能を分解し、現代にも残る価値を検討します。

02

持ち合いを解消した後、誰が企業を所有し、統治するのか。

株式が大口ファンド、海外投資家、アクティビスト、信託口へ移るならば、議決権行使の透明性、時間軸、利益相反、共通株主による集中まで評価しなければ、改革の効果は判断できません。

Finding 1持ち合いは資本政策だけでなく、企業間関係を支える制度装置でもある。
Finding 2「顔の見える株主」は、日常的な相互作用を通じて経営者を規律付け得る。
Finding 3一律縮減より、選別的保有と実質的な説明責任を重視する。
Function & Evolution

縮減の数字だけでは、制度が担ってきた機能は見えない。

株式持ち合いの意味は、各時代の制度・経済環境とともに変化してきました。本稿は1950年代から現在までをたどり、形成、拡大、解消、再評価という流れを示します。

1950s

戦後再編と安定株主の形成

財閥解体後に分散した株式を銀行中心に再集約し、企業の系列化・集団化を支える仕組みとして進展しました。

1960s

資本自由化と買収防衛

外資による企業買収への備えとして、安定株主を確保する持ち合いが強化されました。

1970–80s

企業集団の安定と国際的批判

企業グループの長期関係を支える一方、自由競争やM&Aを妨げる「投資障壁」として批判されるようになります。

1990–2000s

バブル崩壊・時価会計と解消

銀行の株式保有リスク、金融危機、会計ビッグバンによる有価証券の時価評価を背景に、持ち合い解消が進みました。

2015–24

CGコードと縮減要請の制度化

政策保有株式の精査・開示、流通株式の定義見直し、PBR対応要請などにより、保有縮減が既定路線化します。

2016年から2022年までの広義持ち合い比率と持ち合い比率の推移。両方とも低下している。
論文図1「株式持ち合いの推移(2016–2022年)」。持ち合い比率は10.1%から7.7%、広義持ち合い比率は14.9%から11.7%へ低下している。出所:西山賢吾「我が国上場企業の株式持合い状況」のデータを用いて著者作成。
Six Functions

論文が再確認する、株式持ち合いの六つの価値。

中長期の企業価値は、株式の売買収益だけでなく、継続的な取引、情報、技術、人材、信頼の蓄積から生まれます。本稿は、既存研究が示してきた肯定的機能を現代の視点から整理します。

01

安定株主と中長期経営

短期的な株価変動や一時的な圧力を和らげ、企業が中長期の事業方針に基づいて経営する環境を整えます。

02

継続的な取引関係

長期の協力関係を通じて取引コストを低減し、継続的な事業取引や戦略的提携を進めやすくします。

03

情報交換と共同学習

資本関係と日常的な事業関係を基盤に、企業間で情報を共有し、共同事業や新規領域への対応を支えます。

04

リスク・シェアリング

業績の振れを緩和し、事業撤退時の雇用受け入れや、新興産業・衰退産業への共同支援を可能にします。

05

雇用と長期研究開発

東レの炭素繊維など、成果まで長期間を要する研究開発を、安定株主が忍耐強く支える環境を形成します。

06

「顔の見える株主」の規律

日常的な業務・金融取引を通じた濃密な相互作用が、経営者の自律的な規律や良心を喚起する触媒になり得ます。

持ち合いの長所と問題点は併存する。だからこそ、一律ではなく企業・業種ごとの判断が必要です。

望ましいガバナンスの仕組みは、製品、技術、顧客、産業特性、関係するステークホルダーによって異なります。

Balanced Assessment

長所の再評価は、問題点を見過ごすことではない。

本稿は、持ち合いに対する標準的な批判にも該当事象があることを認めています。そのうえで、批判の対象を持ち合いだけに限定せず、他の大株主や制度の副作用も同じ基準で検討すべきだと主張します。

経営陣の固定化

安定株主が現経営陣を無条件に支持すれば、外部からの監視や経営規律が弱まるおそれがあります。

議決権行使の形骸化

相互に賛成票を投じる「なれ合い」「もたれ合い」が生じれば、株主総会のチェック機能が低下します。

資本効率・価格変動

保有便益が不明確な株式は資本効率を低下させ、株価下落時には財務リスクとなり得ます。

機会主義と不祥事

監視が機能しなければ、経営者の機会主義的行動や不祥事を抑止できない可能性があります。

課題持ち合いに起因するガバナンス劣化は個別に検証する。
対称性ヘッジファンドや巨大機関投資家の利益相反も同じく検証する。
原則保有比率だけでなく、目的・行動・成果を総合評価する。
After Unwinding

持ち合い解消後の「受け皿」を見なければ、改革の効果は評価できない。

持ち合い株式が売却されても、株式そのものが消えるわけではありません。誰が取得し、どのような時間軸と利益構造で議決権を行使するかによって、企業ガバナンスの性質は大きく変わります。

関係的な持ち合い解消後の大口保有
株主の識別取引先など「顔が見える」信託口・カストディを通じ実質株主が見えにくい
対話日常の事業関係を通じた継続的対話議決権助言基準や定型的判断に依存し得る
時間軸長期取引・研究開発との一体性短期的な株主還元圧力が強まり得る
主なリスク経営陣の固定化・もたれ合い共通株主化・資本集中・利益相反
01

実質株主の透明性

投資決定権者と議決権行使権者を識別し、企業と最終的な株主が実質的に対話できる情報基盤を整えること。

02

集中と共通株主の検証

巨大資産運用機関が同一業界の複数企業を保有することで、競争、価格、企業意思決定に与える影響を検討すること。

03

説明責任ある選別

一律縮減ではなく、企業が保有目的、便益、リスク、議決権行使方針を説明し、必要な持ち合いを選別すること。

1970年から2023年までの主要投資部門別株式保有比率の推移。外国法人等と信託銀行が上昇し、金融機関と個人その他が低下している。
論文図3「主要投資部門別株式保有比率の推移」。2000年前後以降、事業法人や銀行・保険等の比率が低下し、外国法人等と信託銀行の存在感が高まっている。出所:東京証券取引所(2024)より転載。
Changing Ownership

株式保有主体の交代は、企業との関係性そのものを変える。

図3は、事業法人・金融機関による保有が減少する一方、外国法人等と信託銀行の比率が上昇してきた長期変化を示します。これは保有主体の単なる入れ替えではなく、対話の相手、議決権行使の方法、情報の透明性、経営への時間軸の変化でもあります。

事業法人銀行・保険信託銀行外国法人個人

本稿は、持ち合い解消を「安定株主の減少」だけで捉えず、金融資産の集中、共通株主、信託口の実質株主、議決権助言会社の画一的基準まで含めて検討します。

Industry Case

「資本効率」だけでは測れない、鉄道の公共価値。

本稿は鉄道業を例に、株主起点の資本効率だけで事業を評価すると、地域の移動、生活基盤、沿線開発などの公益的価値が見えなくなることを示します。

01

不採算路線と株主提案

2013年、大手民鉄の不採算路線に対し、外資ファンドから「資本効率」を理由とする廃止要求が示された事例を取り上げます。

02

地域への波及効果

鉄道は移動手段に加え、駅周辺の土地価値、商業施設、公共設備、地域住民の利便性を高める社会基盤です。

03

事業継続と長期価値

公益性のために株主を犠牲にするのではなく、ネットワークと事業の継続が中長期的には株主価値にもつながり得ます。

04

業種別の制度設計

鉄道事業法などの個別制度と企業ガバナンスを接続し、社会の公器性を反映する仕組みが必要になります。

企業価値は、市場価格だけでなく、事業が社会に生み出す便益と継続性を含めて評価する。

金融市場優先に偏らないガバナンスには、産業特性と多様なステークホルダーの視点が不可欠です。

Article Structure

論文は、歴史・評価・所有構造・公益性を六つの段階で接続します。

持ち合いの是非を抽象論で終わらせず、制度史、既存研究、議決権、受け皿、産業事例を積み重ねて、現代的な再設計の方向へ進みます。

01

問題の所在

CGコードによる政策保有株式の縮減要請と、「持ち合い=旧弊」という前提を問い直します。

02

機能と変遷

1950年代から現在まで、安定株主、買収防衛、金融危機、時価会計、制度改革の流れを整理します。

03

長所・問題点・総合評価

既存研究を通じて肯定的機能と構造的問題を確認し、企業ごとのガバナンス設計を論じます。

04

縮減後の受け皿

機関投資家、海外投資家、共通株主、信託口、議決権助言会社が企業経営へ与える影響を検討します。

05

資本効率と鉄道業

公共交通の事例から、ROE・PBRだけでは測れない地域経済と社会厚生の価値を示します。

06

結語

一律縮減ではなく、選別的で説明責任ある持ち合いをComply or explainの原則に沿って運用する方向を示します。

Research to Action

研究成果を、制度・企業・対話・長期資本へ。

本論文は、KGRI-PICセンターが進めるコーポレートガバナンス研究、政策提言、企業ワークショップ、株主アクティビズム研究の基盤となる視点を提供します。

政策・ソフトロー

Comply or explainの実質を回復し、縮減率の一律目標ではなく、保有目的と成果の説明を重視します。

取締役会の判断

保有便益、リスク、資本コスト、事業提携、雇用、研究開発を統合して、個別銘柄の保有適否を検証します。

株主透明性と対話

実質株主、議決権行使者、助言基準、利益相反を可視化し、形式ではなく実質的な対話を設計します。

長期資本と公益性

鉄道など社会基盤を担う業種で、地域便益と事業継続を支える長期資本の仕組みを検討します。

Publication

論文情報・著者

全文は東北大学機関リポジトリTOURで公開されています。引用・転載にあたっては、リポジトリおよび原論文に記載された著作権上の条件をご確認ください。

原丈人・猪熊浩子(2026)「株式持ち合いはコーポレートガバナンスの旧弊なのか―金融経済優先の仕組みの是正に着目して―」東北大学『研究年報経済学』第82巻第2号,19–40頁。https://doi.org/10.50974/0002007602

原 丈人KGRI公益資本主義研究・実装センター センター統括
DEFTA Partnersグループ代表/アライアンス・フォーラム財団代表理事
猪熊 浩子KGRI公益資本主義研究・実装センター センター長
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授
論文名
株式持ち合いはコーポレートガバナンスの旧弊なのか
副題
金融経済優先の仕組みの是正に着目して
英語題目
Are Cross-Shareholdings an Outdated Practice in Corporate Governance? Focusing on Correcting Mechanisms Prioritizing Financial Economics
著者
原 丈人・猪熊 浩子
掲載誌
研究年報経済学(東北大学経済学会)
巻・号・頁
第82巻第2号・19–40頁(通巻163–184頁)
発行日
2026年3月31日
ISSN
0387-3056
研究助成
JSPS科研費 基盤研究(B)23H00755/慶應義塾大学学事振興資金(2024年度 H08JAK2439)

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