あるエンジニアの
バークレー
(アメリカ・カリフォルニア州)
留学体験記



デスバレー

  2日目に泊まったのは、デスバレーの中にある町、ファーネスクリーク(灼熱の入り江)のホテルだった。5月の中旬のその日はたまたま曇で、僕たちは午前中にホテルのゴルフ場でハーフラウンドをまわった。気温は30度程度あったが、湿度は低くからっとした日だった。デスバレーなんて恐ろしい名前だが、実はなかなか快適ではないか、と2人で話したものだ。

  しかし、その2週間後に家族で同じホテルを訪れた友人は、夕方到着して車を降りた瞬間、熱風の中に入ったようだったと言う。気温は40度を越え、部屋のエアコンを最大にしても熱かったそうだ。そのため子供は体調を崩してしまい、彼らはデスバレーの観光をあきらめて次の朝早く涼しい場所へ移動したという。

  海抜マイナス86メートルに達するこの谷は、一年中気温が高い。夏は暑過ぎるため訪れる人は少ない。6月から9月の間はホテルが閉まっていたり半額になったりする。冬は暖かさと個性的な景観とを求めてやって来る人達でにぎわうという。

 僕たちが訪れた5月中旬は観光シーズンの終わる直前で、珍しく曇っていたから外でゴルフをプレイできたものの、晴れて気温が上がっていたらそれどころではなかったのだった。運が良かったというしかない。

さて、デスバレーは、幅10キロメートル、長さ75キロメートルほどの大きな谷だ。日本語の語感からすると、谷と言うより盆地と言った方がいいだろう。険しい山の間に、緩やかに傾斜した砂漠が広がっている。谷の中には、ちょうど鳥取砂丘を大きくしたようなサンドデューンズ、結晶した塩と泥が乾燥しひび割れて隆起した景色が広がるデビルズゴルフコース、小さな塩湖のまわりに延々と白い大地の続くバッドウオーターなど、個性的な景色を楽しめるポイントがたくさんある。

  特に印象に残っているのは、谷の中心から2、30分ドライブしたところにあるダンテスビューだ。ワインデイングロードを小一時間も走り、1700メートルの高さまで駆け上ると、東側から谷を見下ろすこの地点に到着する。谷の中は熱かったのに、ここはもはや肌寒い。愕然とする気温の変化だ。高校の物理では気温逓減率、つまり、100メートル上昇した時の温度低下量は0.55度だと習った。1700メートルだから約十度。もう少し差があるように感じた。

  ここから見下ろすと、谷の中心は塩で真っ白である。そして、周辺から中心に向かって、川の流れのように蛇行した白い塩のラインが伸びている。そのまわりを茶色の険しい山が囲んでいる。不思議な、独特の景色だった。

  昔、ゴールドラッシュのころ、東からやって来た幌馬車隊も、僕らと同じように谷を見下ろしたという。そして塩の湖を本当の湖だと思ったという。また、西へ向かう近道だとも思ったという。彼らは水を求めて谷へ下りていった。するとひどい熱さだ。その上、水だと思ったのは塩である。灼熱地獄の中、何人もの人が死んでいったという。

  まさに死の谷である。



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