あるエンジニアの
バークレー
(アメリカ・カリフォルニア州)
留学体験記



6 ラスベガス

  デスバレーからラスベガスまでは、約90キロメートル。3時間程のドライブだ。

  初めは砂漠の中のまっすぐな道だった。途中、延々と続く砂漠の前方に小さな竜巻が見えた。その地点に到達した時にはもう消えていたのだが、僕らは初めて見た竜巻におびえたものだ。後で聞いた話では、竜巻はそのあたりではよく発生するらしい。

  走り続けると、ジョシュアトゥリーというサボテンのような木がまばらにはえる単調な景色の向こうに、突然ラスベガスの町が現れた。夜に車で到着すると、真っ暗な砂漠に明るい町が現れて壮観だという。残念ながら、僕たちが到着したのは夕方だった。まだきらびやかなネオンはほとんどつかない時刻だった。

  街に入った第一印象は、東京みたいだ、ということだった。ごちゃごちゃと看板が入り乱れ、宣伝効果を競い合っている様子はまさに東京のようだった。何だか懐かしかった。

  そういえばアメリカの町には雑然とした看板が少ない。例えばサンフランシスコでは、フリーウェイの脇に大きな広告が掲げられていることはあるが、ビルの屋上や側面に広告や看板がせり出していることはほとんどない。規制されているのだろうか。そのため町の外観はすっきりして、統一された感じがする。サンフランシスコは道路が碁盤の目のように整然と作られているので、ビルも皆同じ方向を向いている。そのため更に整然としたイメージの街になっている。ある日本人は、整然とし過ぎて冷たい感じがすると言ったが、僕は美しい街だと思う。

  それに対し、ラスベガスは何ともごちゃごちゃした街だ。それぞれのビルが勝手な外装を競い合い、自己主張し合っているようだ。

  夜になるとその雑然とした雰囲気は東京をはるかに越えていた。原色のネオンがきらめき、ビルはビルごと輝き、巨大な噴水がライトアップされたカラフルな水を吹き上げていた。ここまでいくと、もうすごいとしか言いようがない。砂漠の中によくもこんな街を作ったものだ。こんな成金趣味の街が栄えているのも、アメリカ中から、いや世界中からギャンブル好きな者が集まり、金を落していくからにほかならない。

  僕も一応、いくつかの有名なホテルのカジノを訪ねてみた。どこも人であふれている。スロットマシンやルーレットを少し試みてみて、少額の金をすった。

  それから、食事をして、ホテルに帰った。

  おもしろいことに、レストラン代やホテル代はとても安い。そんなところに金をかけずに、ギャンブルに使って下さいということらしい。

  僕はギャンブルが嫌いだ。人にこの考えを押しつける気はないが、生産的でないと思う。時間の無駄だ。たまに儲かる人もいるが、期待値はもちろん1以下である。そんな刹那的なゲームに時間と金を費やして、何が面白いのかと思う。ラスベガスの賞金王やパチンコのプロを目指して独自の趣向を凝らすのならいい。しかし、運を天に任せてギャンブルに興じることは、没個性的で、自分の存在価値を否定しているようでいやだ。

  人生は短い。限られた時間である。そんな大事な時間をもっと有効に使って、自分の人生のゲームを楽しんだ方がいいではないか。もちろん自分の人生のゲームは、ギャンブル性の少ない、戦略的思考に裏づけられた複雑で面白いものにしたい。株や宝くじに投資するよりも、自分に投資して新しいものにチャレンジしてみたい。上司にごまをすって運よく偉くなるギャンブルよりも、自分の実力を最大限に発揮して新しい道を切り開くやり方を選びたい。

  とはいえ、つっぱってばかりもいられまい。

  独自のエキサイティングな人生を歩んできたであろうアメリカの大金持ちや日本の政治家もここで大枚をはたくという事実がある。ここは人生の息ぬきの場なのかも知れない。あえて没個性的状況に身を置くことも、たまには人に必要なのかも知れない。

  大自然のまっただ中に突然現れたギャンブルの街。バブルに沸いた東京とよく似た街。この街の行く末には何があるのだろう。

  僕はもう二度とこの街には来たくないと思った。



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