あるエンジニアの
バークレー
(アメリカ・カリフォルニア州)
留学体験記

12 サンタフェ



  アメリカ中の芸術家が集う町。かつてアフリカを経て渡ってきたヨーロッパ人と、ネイティブアメリカン(インディアン)との文化が融合し、その建築様式を今に残す町。

  サンタフェは個性的で魅力的な町だ。シティ・ディファレント(City Different)。自ら他と異なる町と称するニューメキシコ州の小さな町。ここはこの州の州都でもある。ヌード写真集で有名になった町なので、日本でもその地名を知る人は多いだろう。

  町に入ってまず驚くのは、建物の壁がすべてアドビ(adobe) という褐色の粘土で作られている点だ。教会も、家も、ホテルも、すべてこの粘土で作られている。壁の表面はいびつで、手作りの暖かみが感じられる。

  アドビによる建築様式は、17世紀に入植したスペイン人がアフリカから持ち込みネイティブアメリカンに作らせたものだという。サンタフェでは、過去の文化遺産を守るために市内の建造物の外観をこの様式とすることが義務づけられている。従って、鉄筋の五階建てのホテルであっても、外観はあたかも古代の遺跡のようである。

  サンタフェの周りには多くの遺跡がある。紀元前後から17世紀までのネイティブアメリカンの遺跡である。アドビの大地に穴を掘った原始的なものから、サンタフェのように木の骨組みを組んだ後にアドビで壁面を仕上げたものまで様々である。また、サンタフェの北にあるタオスという町では、今もネイティブアメリカンがアドビの家の立ち並ぶ集落に住んでおり、その一部は観光客に解放されていた。

  僕たちは、タオスやバンデリア(BandeliorNational Monument)、サリナス(Salinas Na-tional Monument)、そしてコロラドにあるメサベルデ(Mesa Verde National Park)などの遺跡を訪れ、ネイティブアメリカンの過去と現在に接することができた。いずれも暖かみのある土と粘土の建造物だった。

  ニューメキシコは赤い。土の色が何となく赤みを帯びたパステルカラーで、穏やかな明るい印象を受ける。白い絵の具に少しの赤とわずかな黒を混ぜ合わせたような色である。気候は乾燥しているが、大地は砂漠ではなくパステルカラーの草木に覆われている。緑や黄緑に白とわずかな黒を混ぜた色だ。舗装道路までもがここの土を原料に使っているからか赤みを帯びたパステルカラーだ。

  こんな独特の心地よい色彩の中、かつてはネイティブアメリカンたちが粘土の家を造り、自然と調和して暮らしていたのだ。穏やかな豊かな暮らしだったことだろう。

  ところがある日、ヨーロッパ人が入植し、彼らの生活を変えてしまった。町や遺跡の説明書きには、ヨーロッパ人とネイティブアメリカンの文化は融合したと書かれている。しかし彼らは本当に共存できたのだろうか。ヨーロッパ人はネイティブアメリカンに新しい宗教と建築様式を押しつけ、肥沃な土地を奪ってしまったのではないのか。

  古い様式を残そうとしているサンタフェは、何を言おうとしているのだろう。過去への回帰を呼びかけているのか。反省を促しているのか。それとも単に観光都市として生きていこうとしているのか。

  さて、サンタフェのもう一つの顔は、アートである。

  この独特のパステルカラーの土地に引き寄せられるのか、ここサンタフェにはアメリカ中から芸術家が集まってきて住んでいる。ニューヨークと並んで芸術家が多い町なのだ。従って、町には画廊や小物のショップ、骨董品屋、ブティックなどが非常に多い。特に、キャニオンロードという通りには多くの店が集まっている。ここに展示された絵画はどれも個性的で魅力的だ。何時間見ていても飽きないほどだった。

  僕は、美術に興味がある。大学時代は美術部で、油彩や水彩の絵画を描いていた。そのためか、ここに集う芸術家たちの心境がわかるような気がする。芸術家とは、今の資本主義経済下の経済活動から距離を置き、自分らしい生き方をする人達だと思う。自分の表現したいことを表現することに最も価値をおく人達だと思う。

  そんな彼らが集う町。都会の喧騒から離れたアメリカ大陸の真っ只中、気候が温暖で空気の澄んだ大地に、人の過去と現在が共存するこの町。粘土でできた素朴な家に住み、自然や、自分や、芸術家たちとの対話を楽しむことのできる町。

  ここには想像と創造をかきたてるエネルギーが潜んでいる。そして、そのエネルギーは、現代社会で忘れられかけている、純粋で大切なもののような気がする。

  かつてのネイティブアメリカンは、何を考えていたのか。芸術家たちは、何を求めているのか。

  サンタフェは、人の生き方に何かを語りかけているように思う。

Taosの教会



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