あるエンジニアの
バークレー
(アメリカ・カリフォルニア州)
留学体験記



13 コロラド高原 −ナバホナショナルモニュメント−

  今回の旅行で、僕たちは合計8600キロを走破した。車で旅行する醍醐味は、目的地と目的地を結ぶ線上の景色の変化をも楽しめることだ。19日間のドライブの中で僕が最も壮大な自然の造形に感動したのは、モニュメントバレー付近のルートだった。

  メサベルデナショナルパークからコロラド、ユタ、ニューメキシコ、アリゾナの四州が十字に交わる地点付近を通り、モニュメントバレーへ達する景観は雄大である。見渡す限りの大平原の中、大地が侵食されずに残った塔があちこちに立っている。あるものは、大地に三角形の茶色い土の台がそびえ、その頂上から黒々とした四角い岩が天に向かって伸びている巨塔。あるものは、東京タワーのような細長い塔。またあるものは、イスラムの宮殿のような丸みを帯びた塔。また、標高の異なる二つの平面、即ち僕らのいる低い面と、もう一段高い別の大地を結ぶ崖が、いくつも半島のようにせり出している地形もある。そして茶色の大地には、まばらにはえた緑の草木や、黄色い花畑が彩りを添えていた。バックには大きな空。何もさえぎるもののない大地では、空は思いのほか大きい。

  地質学者であり動物学者であるライワルワトソンが、エチオピアの大地を称してこういった。地形の宝庫。地質学者の興味を掻き立てる様々な地形がそこにあるという。テレビに映ったエチオピアの地形を見て、僕はここ、アメリカのコロラド高原を思い出したものだ。よく似ている。地形の宝庫だ。存在感のある複雑な地形は、隆起や侵食といった自然作用を受け続けた長い日々を僕に想像させるに十分だった。

  当たり前だが、地平線で区切られたパノラマのちょうど半分が空だ。ここでは青空に浮かぶ雲までもが、面白い造形を見せてくれていた。きっと、ここは気象学者をも魅了する場所だろう。地平線近くに無数にある横に広がる小さな雲は、透き通っていてはかなげで美しかった。上空を薄く覆う雲は、太陽の回りに七色の輪を作っていた。そして、まっすぐな道の向こうに見える黒い雲の固まり。その雲の下はかすみ、その部分だけ大地に雨が降り注いでいるのがわかった。しばらく走り黒い雲の下に入ると、激しい大粒の雨が降り、雷が光り、音が響いた。そして10分も走ると、何もなかったかのように再び暑い太陽の下に出る。僕らはちょうど洗車ができたなどと冗談を言い合ったが、自然の洗車機のエネルギーは、ガソリンスタンドのそれの何万倍のエネルギーを持っていたことか。

  しばらく走ると、地平の彼方に同じような形の塔がいくつも見えてきた。モニュメントバレーだ。ここだけ、塔の色と形が統一されている。傾斜30度位の三角錐の台の上に円柱が乗ったような形で、色は大地と同じ茶色だ。その水平方向の幅は異なるけれども、三角錐の高さと円柱の高さは統一されている。整然としたモニュメントだ。

  モニュメントバレーは、ナショナルパークやナショナルモニュメントではなく、ナバホトライバルパークという。ナバホ族というネイティブアメリカンに管理が任された公園だ。ネイティブアメリカンから肥沃な土地を取り上げた反省なのか、国はネイティブアメリカンに補助金を与え、指定保留地 (reservation) に住まわせ、その地域を管理する権利を与えている。モニュメントバレーは保留地内にあり、そこにはネイティブアメリカンの飼育する山羊や牛が放牧されていた。公園内には、塔の間をぬうようにダ−ト道が設けられていた。僕たちは、噴煙を巻上げ、激しい振動に身を揺らせながらこの道を走ったものだ。

  その日はモニュメントバレーの見えるホテルに泊まり、明け方は日の出と共に起きた。モニュメントの並ぶ不思議なシルエットの間から日が昇る様子は神秘的だった。地球外の惑星で朝を迎えたような気分だった。

  モニュメントバレーから国道163号を少し北上すると、メキシカンハットという奇岩があった。ゆるやかな三角錐の丘の上に、円盤状の岩が乗っているのだ。円盤の下はくびれ、くびれの径は、その上の円盤の最大径の四分の一もない。崩れ落ちそうで落ちない岩、というわけだ。色や形は違うが、チリカフアの奇岩の群れを思い出した。

  メキシカンハットからナチュラルブリッジナショナルモニュメントに向かう道が、州道261号。様々な形のモニュメントを見ながらこの道を北上してゆくと、突然行く手をさえぎる壁が現れる。高さ数100メートルもあろうか。壁には、ジグザグに上っていく未舗装の道路が削られている。右へ進み、スイッチバックして左へ進む、というような。初め、この壁を越えるとまた壁を下るのかと思ったが、そうではなかった。壁の上は大地になっており、手前の今来た大地と段違いになっているのだった。

  僕たちは断層の壁を登り、その途中に車を停めてもと来た大地を見下ろしてみた。眼下に広がる大地は幻想的で美しかった(挿絵参照)。緑の大地に遠くまでモニュメントが並び、走って来たワインディングロードが曲線を描いていた。壮大でありながらも、穏やかで優しい感じのする景色だった。

  さらに北上すると、レイクパウエル、キャニオンランズナショナルパーク(挿絵)、アーチーズナショナルパークなど、ユタ州東南部の個性的な地形が続いていた。いずれも壮大で美しい地形だった。深く印象に残っている。

  コロラド高原。もう一度、いや、もう一度と言わず何度でも訪れてみたい地域である。

  地形の宝庫。

  今思い出してみても、胸を締めつけるような懐かしさが込み上げてくるのは、人類発祥の地、ルーシーを生んだアフリカの大地に似ているからだろうか。



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