取締役の義務、株主権と
公益・ESG・ステークホルダー
「公益」という大きな言葉を、会社法上の異なる問題へ切り分ける。分配と負の外部性、取締役が考慮してよい領域(may)と考慮しなければならない領域(must)を軸に、企業統治の論点を整理した講演です。
誰に価値を配るか
誰に損害を及ぼすか
考慮してよい
考慮し、行動すべき
この講演を
1分で読む
本講演の出発点は、「公益」「ESG」「ステークホルダー」という語が、性質の異なる問題を一つに包み込みやすいという指摘です。株主還元、賃金、成長投資は、企業が生み出した価値を誰にどう配るかという分配の問題です。一方、環境汚染、製品安全、重大事故、人権侵害は、企業活動が社会に損害を及ぼす負の外部性の問題です。原因も、適切な制度手段も同じではありません。
そのうえで、取締役がステークホルダーの利益を考慮してよい領域(may)と、重大なリスクに接したときに具体的な対応を取らなければならない領域(must)を区別します。会社法は重要ですが、労働市場、金融商品取引法、取引所ルール、社会保障、産業政策、サステナビリティ規制との接続なしに問題は解けない、というのが講演の結論です。
株主還元、賃金、取引条件、成長投資。交渉力と制度設計が中心。
環境、製品安全、災害、人権。損害の予防と責任の設定が中心。
経営判断の裁量の中で、長期価値やステークホルダー利益を考慮する。
重大なリスク情報や明確な法令違反に対し、最低限の対応を義務づける。
取締役義務、情報開示、株主権、内部統制、ガバナンス・コード。
交渉力、転職可能性、リスキリング、スタートアップ、セーフティネット。
講演を貫く四つの論点
「公益」を抽象的なスローガンにせず、問題構造と法的効果を分けて考えます。
「公益」は一つの問題ではない
経済格差、株主還元、研究開発、気候変動、人権、DEIは、いずれも公益に関係し得ます。しかし、原因も、関係者も、必要な制度も異なります。大きな言葉のままでは、責任の所在と解決策が曖昧になります。
分配と負の外部性を切り分ける
企業内部で生まれた価値の分け方は、交渉力や労働市場の問題と深く関わります。社会に損害を押し出す外部性は、予防規制、情報開示、責任法理、リスク管理によって扱う必要があります。
取締役の義務を may / must で見る
取締役がステークホルダー利益を考慮できることと、考慮して具体的に行動しなければならないことは別です。裁量の範囲と、最低限の行動義務が生じる境界を明確にする必要があります。
会社法だけに解決を集中させない
株主権の縮小やステークホルダー重視の宣言だけでは、投資や賃金は自動的に増えません。開示規制、取引所ルール、労働市場、リスキリング、社会保障、産業政策を接続する必要があります。
東京電力福島第一原発
株主代表訴訟
重大なリスク情報に接した取締役に、どこまで具体的な行動を求められるか。東京地裁と東京高裁の評価が分かれたことで、予見可能性、措置の具体性、経営裁量の境界が浮かび上がりました。
リスク情報が上がる仕組み
取締役の監視義務、内部統制、公益通報制度などを通じ、既知のリスクや典型的な不正の兆候を早期に把握できる構造を整える。都合の悪い情報ほど経営に届く設計が重要です。
不確実な情報にどう応答するか
違法と断定できなくても、発生時の損害が壊滅的であれば、対策の費用、実施時間、暫定措置、可逆性を比較し、何もしないことを含む選択肢を具体的に検討します。
運転停止という極端な選択肢だけでなく、低コストで迅速に実施できる暫定措置を含め、取るべき選択肢を広げて検討すべきではないか。重大性の高いリスクでは、通常時より広い探索と、判断過程の説明が求められます。
企業実務への示唆
公益を掲げるだけでなく、判断可能な問いと、検証可能なプロセスへ変換します。
-
問題の種類を先に定義する
分配、外部性、成長投資、株主権を混ぜず、問題ごとに目的と責任主体を定める。
-
レッドフラッグを上げる経路を作る
内部統制、通報、専門部署、取締役会への報告を、重大リスクに合わせて設計する。
-
選択肢と判断理由を記録する
採用・不採用の理由、暫定措置、再評価条件、責任者、期限を意思決定の記録に残す。
-
複数制度を接続する
会社法だけでなく、開示、上場、労働、社会保障、産業・環境政策を組み合わせる。
後藤 元 氏
東京大学大学院法学政治学研究科 教授東京大学法学部卒業後、東京大学大学院法学政治学研究科助手、学習院大学法学部専任講師・准教授、東京大学大学院法学政治学研究科准教授を経て、2019年4月より現職。法務省民事局調査員、金融審議会専門委員、規制改革推進会議専門委員、法制審議会部会幹事などを務める。専門は商法・会社法・金融法。
主要著書に『株主有限責任制度の弊害と過少資本による株主の責任』(商事法務、2007年)、Comparative Corporate Law(West Publishing, 2015年、共著)、『商取引法』(有斐閣、2026年、共著)など。
関連資料
講演の背景にある研究と、今後公開予定の講演録本文への導線です。
本ページは講演録の概略を分かりやすく紹介するために編集したものです。法的助言を目的とするものではなく、判例・制度の詳細については講演録本文および原資料をご参照ください。
研究を、対話と実装へ。
センターでは、企業ガバナンス、株主アクティビズム、公益と企業価値の両立をめぐる研究会・ワークショップを展開します。