ヒトとロボットのの研究

「意識」は受動的だろうか?

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 前野 隆司

目次

はじめに(挨拶)
概要
著書・論文・講演論文

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Q&A

はじめに (ごあいさつ):

「心」の解明は,「宇宙」の解明と並んで人類最大の関心事かも知れません。私も,「ヒトの心はどのように作られているのか!?」「ロボットの心はどのように作ればいいのか!?」について考えているうちに,普通とは違うちょっとおもしろいヒトの心のモデルをある日(2002年の秋)ふと思いつきました。「受動意識仮説」「心の地動説」「川の下流にいる私」などと私が呼んでいるものです。これはもしかしたらすごいかも,と悦に入りつつ周辺研究を調べてみると,カリフォルニア大学サンフランシスコ校脳神経科学専攻のLibet博士が,同様な結果を既に発表していました。また,哲学や心理学の世界では似たような考え方が既にあるようです。しかし,このような考え方を工学的にロボットの心に応用した人はまだいないし,この考え方によれば,哲学・宗教・精神病理そしてロボットなど,いろいろなことが解決できそうです。人の価値観のパラダイムシフトにつながるようにも思います。そこで,私個人としては,最近いろいろと思索を続けているところです。
このたび,著書「脳はなぜ「心」を作ったのか」と論文「ロボットの心の作り方」の執筆を開始したのにあわせて,ホームページを開設することにしました。将来的には,一般の方から,心理学,哲学,神経科学,医学,情報科学,ロボティクスなど色々な分野の専門家の方まで,「心」に興味をお持ちの方の間の議論と情報交換の場になればと思っています。どうぞ宜しくお願い致します。
2003
9月 前野隆司

概要

人の心はどうなっているのだろう?死んだら心はどうなるのだろう?これらは,人間にとって最も知的好奇心をそそられる,現代の謎ではないだろうか? 実は,心の働きのうち,「知」「情」「意」「記憶と学習」の働きは,現代脳科学・認知科学によりかなり解明されてきた。一番の謎は,「意識」とは何か,という点だ。つまり,私たち人間は,自然の美しさや生きている実感のすばらしさを「意識」し,問題に立ち向かうときに考えをまとめ決断する充実感を「意識」する。この,自分の中心にあるように思える生き生きとした「意識」が,脳の中でどのように作り出されるのかという点は,今も謎だと言われている。将来「意識」を持ったロボットができるだろうという人はいても,すぐに実現するための方法はまだ誰にもわからない,ということになっている。特にわからないのは,私たちが考えを巡らせたり,物事を見聞きした際に,どのようにしてあまりにもたくさんある情報の1つに「意識」を集中することができるのかということや,そのときにどんなメカニズムで感動したり幸せだと感じたりできるのかという点だ。

これに対し,1つの面白い実験結果がある。人が指を動かそうとするとき,脳の中の,「動かそう」と意図する働きを担う部分と,筋肉を動かそうと指令する運動神経が,どんなタイミングで活動するかを計測したカリフォルニア大のリベット博士の実験だ。結果は実に意外だった。筋肉を動かすための運動神経の指令は,心が「動かそう」と意図する脳活動よりも,0.5秒も先だというのだ。常識的に考えると,まず人の心の「意識」が「動かそう」と決断し,それにしたがって体が動くと予想されるのに,結果は何と逆なのだ。

この実験結果から,筆者は次のような新しい「意識」の見方を提案する。『人の「意識」とは,心の中心にあってすべてをコントロールしているものではなくて,人の心の「無意識」の部分がやったことを,錯覚のように,あとで把握するための装置に過ぎない。自分で決断したと思っていた充実した意思決定も,自然の美しさや幸せを実感するかけがえのない「意識」の働きも,みんなあとで感じている錯覚に過ぎない。そしてその目的は,エピソードを記憶するためである。』「意識」は「無意識」のあとにやってくるというこの仮説は,なんだか突飛でショッキングに思えるけれども,考えてみれば天動説と地動説の関係に似ている。昔の人は,地球が太陽のまわりを回っているという事実をはじめは信じられなかった。地球は世界の中心だと思いたかった。でも,実は,地球は小さな惑星のひとつに過ぎなかった。これと同じだ。意識は自分の中心だと思いたいけれども,実は小さな脇役に過ぎないのだ。そして,そう考えれば心の謎を簡単に説明できるだけでなく,ロボットの心も簡単に作れるのだ。

人間の心の大事な部分があまりにもたわいのない錯覚だなんて,信じたくないかも知れない。しかし,心とは,たわいもなくわかりやすいものだと知ることは,仏教でいう悟りの境地のように,自然に生きることのはじまりだ。自然と共生した新しく安らかな人類の価値観のはじまりなのだ。人類の偉大さが失われるのではなく,人類の新しいパラダイムの入り口なのだ。

Key Words: 意識,無意識,心,ヒト・ロボット,受動,知情意,記憶・学習,意図,小びと,自己意識,注意,感覚,クオリア,エピソード記憶,認知,科学・哲学・宗教・思想,サイボーグ,consciousness, awareness, uncousciousness, mind, human and robots, passive and active consciousness, intellect, feelings and willpower, memory and lerning, will, self-consciousness, sense, quoloa, cognition, science, philosophy, religion and thinking

関連著書・論文・講演論文:

脳はなぜ「心」を作ったのか―「私」の謎を解く受動意識仮説―,筑摩書房,20041117日発売
ロボットの心の作り方―受動意識仮説に基づく基本概念の提案
,日本ロボット学会誌231号,20051月,pp. 51-62
ロボットの心のつくりかた(自律分散的無意識と受動的意識から成るロボットの心の構成法)
,精密工学会画像応用技術専門委員会研究会,20053
生命模倣ロボティクス―生命のボトムアップ的設計原理に学ぶ
,日本デザイン学会誌デザイン学研究特集号,124号,20054月,pp.24-32
意識の起源と進化―意識はエピソード記憶のために生じたのか,現代思想,342号, 20062月,pp. 224-239

自由意志は存在しないか,特集:脳科学の未来,現代思想,3411号,200610月,pp.96-101

錯覚する脳―「おいしい」も「痛い」も幻想だった,筑摩書房,2007525日発売

脳の中の「私」はなぜ見つからないのか?―ロボティクス研究者が見た脳と心の思想史,技術評論社,200782日発売

その他の論文

 

動画

意識は幻想か? ロボットの心は作れるのか?−「私」の謎を解く受動意識仮説

現象的な意識(クオリア)は幻想で、「意識」の機能は「無意識」に対して受動的なのか!? その考え方はブッダ(釈迦)や老荘思想、西洋哲学、システム論とどのような関係にあるのか? 脳と心の三部作(脳はなぜ「心」を作ったのか(筑摩書房)、錯覚する脳(筑摩書房)、脳の中の「私」はなぜ見つからないのか(技術評論社))で述べた内容を授業でわかりやすく説明しています。

 QA

Q1:「受動意識仮説」と同じような考え方は昔からあったのでは?
Q2:人間は「自由意志」を持っていて,自由意志による選択が自分の未来を決めるのでは?
Q3:脳のニューラルネットワークのことをいくら調べても,それは,心が何をしているのかという話とはカテゴリーが違うのでは?
Q4:有限の脳の中に,無限の宇宙のことを理解できる心があるということ自体が不思議なのでは?
Q5:「無意識」の後で「意識」がやってくる,と言っても,問題自体の形は変わっていないので「難しい問題」が解けたとは言えないのでは?
Q6:「無意識」の小びとたち(ニューラルネットワーク)がどのようにバインディング問題を解くか?という謎は解かれていないのでは?
Q7:結局,ロボットの心を作れるようになったのではなくて,いわゆるゾンビを作れるといっているだけでは?
Q8:意識が無意識の後にやってくるとしたら,私が行っていたと思っていた様々な判断も感情もみんな心の中の他人がやっているということでしょうか?
Q9:意識である「私」が単に受動的なシステムである,と考えるのはなんだか不自然な気がします。小びとたちに対して働きかけるような能動性が少しはあってもいいのでは?
Q10:「意識」は「エピソード記憶」のためにある,というのは本当でしょうか?
Q11:すべてを論理としてではなく全体として理解する悟りの境地とはどういうことでしょうか?
Q12:人が死を恐れる理由は,<私>を失いたくないからではなく,種の保存から来ているのでは?
Q13:ロボットが心を持つのは危険ではないのですか?
Q14:心を持ったロボットは作るべきではないのではないでしょうか?
Q15:ロボットがそんなにすごくなるとしたら,ヒトとの差は無くなっていくのですか?

今後の展望

ヒトの心の謎はわかった!ロボットの心の作り方もわかった!という主張の次には,実際に意識を持ったロボットを実現する必要があると思います。心を持ったロボットをなんとか実現したいと考えています。

謝辞:

本研究の一部は文部科学省21世紀COEプログラム「知能化から生命化へのシステムデザイン」の援助により行われました。

BBS(終了しました):

以前開設していましたBBSの内容はこちらにあります。

 

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