公益資本主義― 福澤諭吉と日本人を豊かにする ―
企業を株主利益のためだけの器ではなく、事業を通じて社会に貢献する「社会の公器」と捉え直す。原丈人氏が、自らの原点と起業・投資経験をたどりながら、健康で教育を受けた豊かな中間層を世界に増やすための構想と実践を語った特別講義です。
豊かな中間層
経済的・精神的な豊かさ
イノベーション企業家精神
まず半歩を試す
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本講演は、公益資本主義を「人間の社会を良くするためのシステムデザイン」として捉えます。最初に実現したい社会の姿を置き、そこから逆算して、技術、資金、制度、人材、組織をつなぐ。原氏が掲げる目標は、世界中に「健康で、教育を受けた、豊かな中間層」を増やすことです。
そのために、会社を「社会の公器」と位置づけ、企業が生み出した価値を社員、顧客、取引先、地域社会、地球環境、中長期株主からなる「社中」へ持続可能な形で還元することを提案します。社中分配、中長期持続性、イノベーション企業家精神を実践原則とし、短期的な株主価値の最大化だけでは捉えられない技術、人材、顧客基盤、社会的信頼を重視します。
講演全体を貫くのは、理念は長期に保ち、実現手段は柔軟に変え、まず試してみるという姿勢です。原氏は、外から与えられた答えに依存せず、自ら学び、判断し、行動する姿を、福澤諭吉の「独立自尊」に通じるものとして語ります。常識を疑い、現場と一次情報に当たり、必要なら制度そのものを変える。公益資本主義は、完成した答えを当てはめる思想ではなく、会社や地域ごとに分配、投資、制度を組み直す実践として提示されました。
所得だけでなく、安心して暮らし、学び、働き、次世代へ希望を渡せる社会。
私たちと子孫の、経済的な安定と精神的な充実を両立させる。
医学、工学、通信、金融、事業化を横断し、社会に届く製品・サービスへ。
既存の仕組みが妨げになるなら、法律や行政、国際ルールも設計し直す。
技術、事業、制度への挑戦を通じて、企業と社会の成長力を生み出す。
分配と研究開発、人材、設備、財務基盤への再投資を両立させる。
原点から公益資本主義へ
ものづくり、格差の現場、起業、投資。異なる経験が「健康で教育を受けた豊かな中間層」という一つの目標へ結びつきます。
鉄道模型とものづくり
父・原信太郎氏の鉄道模型を通じ、機械、電気、材料、加工をつなぎ、理論と現場を往復する探究姿勢を学びました。
中米で見た格差
考古学研究の現場で、少数の富裕層と多くの貧困層の間にある大きな格差を目にし、中間層を育てる仕組みを人生の目標に据えました。
目的から学び、事業をつくる
スタンフォードで経営と工学を学び、光ファイバー関連事業を起業。目的が明確になれば、必要な学問と仲間が見えてくると語ります。
財団・投資・制度へ
1985年にアライアンス・フォーラム財団を創設。ベンチャー投資と政策提言を通じ、技術、資金、制度を社会実装へつなげてきました。
公益資本主義を支える
二つの定義と三原則
市場経済と私有財産権を前提としながら、会社の目的と利益分配の範囲を広げます。
「私たちと、私たちの子孫の経済的および精神的な豊かさ」
現在の所得や効率性だけでなく、次世代へ残す生活基盤、希望、社会の持続性まで含めて考えます。
会社は、事業を通じて社会に貢献する「社会の公器」
株主の正当な利益を尊重しつつ、人材育成、技術開発、顧客価値、地域との共生を企業の役割として捉えます。
社中分配
企業が生み出した利益を株主だけに偏らせず、社員、顧客、取引先、地域社会、地球環境、そして中長期で会社を支える株主へ、持続可能な形で還元します。
中長期持続性
一度の大きな分配で企業を弱らせず、毎年価値を生み続けられるよう、研究開発、人材育成、設備、財務基盤へ再投資します。
イノベーション企業家精神
分配の前提となる新しい価値を創るため、技術、事業、制度に挑戦し、企業そのものの成長力を高めます。
公益資本主義は、株主を排除する考え方ではありません。資本を提供しリスクを担う株主も「社中」の重要な一員としつつ、会社を支える多様な貢献と時間軸を見て価値を配分します。
「利害関係者」から
「共に価値をつくる仲間」へ
原氏は「ステークホルダー」よりも、日本語の「社中」を好んで用います。ステークホルダーという語は、対立する利害を調整するイメージを伴います。一方、社中は、会社を成功させようと協力し、価値を共につくる仲間という側面を前面に出します。
現実には利害が一致しない場面もあります。それでも、企業を長期的な共同体として捉えることで、分配と再投資、競争と共存共栄、株主還元と社員の豊かさを、単純な二者択一にしない設計が可能になります。
社会の公器CREATE VALUE TOGETHER
短期の数字から、
十年後に残る価値へ
金融指標を否定するのではなく、指標が捉えられるものと、捉えられないものを区別します。
短期指標の目的化
- 回収期間を短くするほど高く見えるIRR
- 四半期ごとの株価・利益への過度な連動
- 早期のIPOやM&Aを事業目的に置く
- 研究開発、人材、設備を削って数字をつくる
中長期の企業価値
- 良い技術と製品・サービス
- 社員の能力、安心、長期的な資産形成
- 顧客基盤と取引先との信頼
- 社会的信用と次の成長を生む再投資力
時間をかけて蓄積され、次の製品や産業を生む知的基盤。
学び、挑戦し、企業と社会の価値創造を担う力。
短期の販売ではなく、継続的な価値提供から生まれる関係。
地域、取引先、市場から長期に選ばれるための無形資産。
日本の中間層を支えるには、資産所得を増やす政策だけでなく、まず勤労所得を増やす視点が重要です。企業では、賃金、退職給付、持株制度、長期インセンティブ、教育投資を組み合わせ、成長を続ける範囲で株主と社員の双方が豊かになる設計を探ります。
理念を、経営・技術・制度へ
落とし込む
公益資本主義は理念の表明にとどまらず、目的、リスク、検証、分配、ルール形成へ具体化されます。
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出口より目的を先に置く
IPOやM&Aを最初の目標にせず、社会的・技術的な課題を解決するために事業をつくり、良いものを社会へ届けます。
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責任ある挑戦を設計する
失敗を避けるだけでなく、目的、リスク、検証方法、撤退条件を定め、小さく試し、学びながら広げます。
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テクノロジーを道具として使う
AIを含む技術は目的ではありません。人間が実現したい価値を先に置き、出力を検証し、適する仕事へ使い分けます。
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必要ならルール自体を変える
開示、ガバナンス、投資家責任、再生医療、国際ルールなど、目的を妨げる制度を見直し、実例から変革を広げます。
講演から受け取る
六つの実践メッセージ
経営者、研究者、学生のいずれにも共通する、考え方と行動の原則です。
質疑応答から
講演後の対話から、理念と手段、AI、上場、制度改革、若者へのメッセージを抜き出しました。
Q1変えないものと、変えるものをどう分けるか
変えたくないものは理念に置きます。「健康で、教育を受けた、豊かな中間層をつくる」という目的は長く保ち、技術や実現方法は社会の条件に応じて柔軟に変えます。
Q2AIは人間の幸福につながるのか
技術は道具であり、使い方によって結果が変わります。原氏はChatGPTを「電卓のようなもの」と捉え、AIが有効な分野では活用しつつ、出力をそのまま信じず、自分で確認し判断する力を残すことが大切だと述べます。
Q3ベンチャー企業は上場を目指すべきか
上場には資金調達や信用の利点がありますが、それ自体を目的にしません。会社が何を実現したいかを確認し、上場後も十年、二十年支える長期資金と株主構成を整えます。
Q4大きな制度をどう変えるか
人、社会の関心、既得権益、技術の成熟度を見て、実現しやすい場所を選びます。ルールが固まり切っていない分野で制度と実例を先につくる方法もあります。
Q5若い人が自ら考え、行動するには
好きなことを見つけ、思ったことをできるだけ試す。設計と現場、理論と手を動かす経験の両方を持つことで、好奇心が次の学びへつながります。
原 丈人
KGRI 公益資本主義研究・実装センター センター統括アライアンス・フォーラム財団会長、デフタ パートナーズ グループ会長。中米での考古学研究、光ファイバー関連事業の起業、米国を中心とするベンチャー投資を経て、「公益資本主義」を提唱。技術、事業、資本、制度を横断し、「健康で教育を受けた豊かな中間層」を世界に創るための活動を展開しています。
講演当時の肩書:アライアンス・フォーラム財団 会長/デフタ パートナーズ グループ会長。著書に『21世紀の国富論』『公益資本主義――英米型資本主義の終焉』など。
関連資料
講演録全文、主要著書、センターの企業ガバナンス研究へつながる関連講演です。
本ページは、2023年7月21日のSDM特別講義の講演録をもとに、概略を分かりやすく紹介するために編集したものです。記述内容、講演当時の肩書および政策状況は原則として講演日現在のものです。本文中の見解や評価は講演者個人のものであり、慶應義塾大学または関係機関の公式見解を示すものではありません。
理念を、研究と実装へ。
KGRI公益資本主義研究・実装センターは、企業、投資家、政策担当者、研究者、学生との対話を通じ、公益と持続的な企業価値を両立する仕組みを研究・実装します。